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夢実現

有給休暇が取れない会社から東証一部上場企業の正社員へ夢と天職を実現

koten
サブプライムローンにて、就職氷河期が訪れました。同時に当時勤めていた有給休暇が取れないブラック企業を退社。何も考えておりませんでした。求人がないないない、頭をかかえていました。「未経験大歓迎、半分の人が年収一千万稼いでます」こんな極端にブラック臭のする求人か収入の低い求人がほぼでした。またブラック企業への転職を繰り返したらどうしよう、給料が下がると生活していけない。

そんな思いの中見つけたのが時給1400円、週5勤務で残業がほとんどない。そう派遣社員です。大変魅力的でした。一方で正社員として安定して働きたいという思いと葛藤しながら入社を決意。業務はIT系のラウンダーで大手量販店を巡回したり販売応援に入り店舗で直接お客様へ紹介する業務です。とにかく真面目に勤めて一度も休む事なく2年間精一杯努めました。そんな中、派遣先企業へ契約社員としての道と派遣元企業へ正社員を前提とした契約社員の道が開けてきました。悩んだあげく、積極的に声かけしてくださった派遣元企業への道のりを選択し入社しました。

その後、大きなクライアントの仕事が舞い込んできて都市部へ転勤する事になりました。契約社員としての転勤に抵抗があり苦渋の決断でしたが転勤を決意。そして実績を評価して頂きさらに1年後正社員として雇用していただく事が出来ました。そしてそこで3年間実績を作り、キャリアと経験を活かせるIT系の東証一部上場企業へ正社員として入社をしました。

残業も少なく、1分単位で残業代が支給されます。業務も充実しやりがいを持って取り組む事が出来ています。休みがしっかりしている分仕事に身が入ります。正社員を希望するも、なかなか派遣から抜けれない人が多いと思います。真面目に働くこと、与えられた仕事以上をこなす努力を忘れない事。絶対評価されます。皆さんも諦めずに前へ進んで下さい。

こちらのサイトでは大手への中途採用をどうしても狙いたい、叶えたいという方のための情報があります。参考になるはずです!
有給休暇が取れない会社から脱却して正社員になりましょう。

自己実現方法

退職後、失敗しないために専門学校に通い電気工事士になりました

大学を卒業後に就職をしたのですが、当初から希望をしていた職ではなく、周りに左右をされて決めてしまった職でした。工務店での勤務だったのですが経営に携わる仕事で、それなりにやりがいのある仕事でしたが、私の中で何かが違うと思いました。本来の夢は電気工事士になり企業で働く事を思い描いていましたし、常にチャンスがあれば転職をしたいと思っていましたが、資格も持っていないのでできる筈もありません。思い抱く事が数年続き、30歳の時に今からでも間に合うのではないと思い、退職を決意して専門学校で学ぶ事にしたのです。学校では20前後の生徒ばかりで私は最年長の部類に入りましたが、同じ学生ですので励まし合いながら一生懸命勉強をしました。その後、念願の電気工事士の二種の免許を取得する事が出来、再就職の道が開けて行きました。

就職先を見つけるために中小企業を回り面接を受けていたのですが、友人が勤務をしていた会社に私を推薦して頂き、採用をして頂くことが出来たのです。学校にまで通って取った資格ですから、絶対に負けないという気持ちもありましたし、この世界で骨を埋める覚悟も出来ていました。年齢も既に31歳になっていたので先輩達は皆さん年下になりましたが、先輩達も親切に教えて下さり現場での作業を指導してくれました。数年勤務をした後に第一種の免許も取る事ができましたが、能力を踏まえた給料を頂ける事になり、資格のありがたさが分かりました。もしあの時に将来の事を考えて退職をしなければ、どうなっていたのか分かりません。夢を諦めないで挑戦をした事が今の人生に大きく左右をしたと思っています。

自己実現方法

I・Uターンによる転職はすぐに働けるように前もっての計画が大事

私は鳥取で育ちまして、鳥取の高校を卒業した後に東京の専門学校に通いました。

専門学校を卒業したらそのまま東京にあるソフト会社に就職したのですが、10年ほど前に両親の関係で田舎に帰り鳥取で就職活動を行ないました。

当時の私は帰ってから探せばいいと思っていたので、帰る前に探してみるとかはしませんでした。

その結果なのかなかなか就職先がみつからず、派遣社員として製造業で働けるのがやっとでした。

面接や違う職場などで年配の方の話しを聞くと、地元ならその働いていた会社に連絡をとってみることができるけれど、遠方だとその会社自体本当に存在しているのかも疑わしいので、履歴書や職務経歴書だけでは信頼できないし、ましてや自動車の免許を持っていないと身分証明さえ疑わしい。

などというかたもいたので、長距離の移住で転居先から職場を探すのは思った以上に難しいのだなあと思いました。

このことから感じることは、IターンやUターンをする場合は、例えば3年後にしようと決めて移住先の就職事情を調べ、今働いている仕事の内容で求人が多くありそうならば会社を調べ、なさそうなら違う職種で自分でできそうな会社を調べあげておく。

調べ上げた会社が欲しいと思われる人材なのかを考えてどれだけ会社に相応しいのかをPRする練習を行なったり、一時的に帰省したときなどに面接を行なうなどして、予め移住先で働けそうな会社にアタックして、今の会社を辞める前に次の就職先を決めてから転居するようにした方がいいと思います。これが天職を見つけるコツにも繋がります。

あるいは、そこでニーズがありそうで、今から勉強したら取れそうな資格を調べ上げてその資格を取るように勉強を行なうのもいいかもしれません。

とにかく、行き当たりばったりが一番よくないと思いますので、計画的に転職をしましょう。

夢実現

語学で自分の好きな仕事という天職を行っていく事の可能性

語学力は大変多くの方にとって大変重要な要因となります。自分の好きな事を行っていく事で普段から最適な自分らしい人生を円滑に行っていく事ができるのはプライベートでも仕事でも同じ事です。英語は今後のグローバル社会の中で必ず必須となる要因ですので、このようなスキルを活かして自分の仕事の可能性をどんどん上げる事を考えてはいかがでしょうか。英語を自分のものとするにはやはり継続的な学習が必要となるのです。

TOEICを目安にビジネスにおける大変重要な言語をどんどん学習を行っていく事でより効果的な学習を行っていく事が可能となるのです。英語を使って行なうビジネスや会社として真っ先に思い浮かべる事ができるおんは外資系の企業ではないのでしょうか。また日本企業の世界進出が進んで行く中で英語の能力は極めて重要な要因となるのです。英語を話せるという事は今後のグローバルな社会においても大変プラスな要因として作用するのでこのような点を考えて自分の英語能力アップに十分な配慮を行っていきましょう。リスニングやsピーキング等に力を入れて可能ならばインターンシップ等を活用する事でより多くの楽しい時間を送る事が可能となるのです。自分の能力を最大限に活かして素敵な英語力で自分の未来を切り開いてはいかがでしょうか。

天職に就くことは人生でこの上なく素晴らしいことです。より多くの人生の可能性を広げるにはやはり英語は当然ですが必要な要件となるのです。アジアでの短期留学を経験して語学力をアップして外資系企業に入る方も沢山いらっしゃるのです。

自己実現方法

転職をしたいと思ったら、ファーストステップは少しでも考えてみる

転職は勢いですると危険です。もちろん、場合によっては転職をしたほうが良い人もいるのは事実です。ですが、それでも勢いだけでしてしまうと、中々次の職場が決まらなくて大変なことになってしまう可能性もあります。どうか、考える時間をとるようにしてください。さすがに何も考えず転職しようとするなんていう無鉄砲な人はいないと思いますが、あまり深く考えないという人はいるかもしれません。あっという間に次の職場が決まる人はもちろんいますが、全員がそうとは限りませんし、なんかもう決まらない気がするなんていう人だって存在します。

転職したとしても、後悔する人だっています。100%満足するということは珍しいのかもしれませんが、せめて満足度が高い転職にはしたいものですね。そのためには、転職したいと思ったときに、本当に転職して良いのだろうかと考えることが必要だと思います。思ってしまう人はたくさんいると思うのですが、行動に移す人はごく一部です。その中には転職をする勇気が無かったという人もいるでしょうが、転職するよりもここで働いたほうが良いという判断をした人も多いでしょう。では、自分はどうなのでしょうか。転職せずにここで働くのか、それとも他の職場を探すのか、難しいかもしれませんがシミュレーションしてみるのが良いかもしれません。また、転職したいと思った理由によっても色々異なるかと思います。とにかく、転職したいと思うのなら、ちゃんと考えることが大事ではないでしょうか。

夢実現

技術者志向!やり甲斐を求めてDBシステム屋に転職成功

大手電機メーカーの自社大型汎用コンピュータ向けのデータベース管理システムの開発・保守の仕事へ転職することができました。私には管理職への道と技術者への道がありましたが、技術者を選択した格好です。

自社で開発を行っていた大型汎用コンピュータのOS上で動作するネットワーク型データベース管理システムの保守、同じく自社の大型汎用コンピュータ向けのリレーショナルデータベース管理システムの開発及び保守を行っていました。

一番最初に求められたのは、なんと大型汎用コンピュータのアセンブラ・機械語の知識でした。

最初に担当したネットワーク型のデータベース管理システムは完全に枯れたシステムで新規開発は一切なく、そのシステムを開発した言語(PL/1)を使用する機会はゼロ。ただし、枯れたシステムであるにもかかわらず、当時まだ時折バグが飛び出していましたので、その修正のための修正プログラム(パッチ)をハンドアセンブルで作る必要がありました。

このため会社に入社して最初にマスターと言えるレベルで習得したのはアセンブラ言語でした。

担当が追加になって、メインの業務がリレーショナルデータベースの管理システムに移行したあとも、当時のシステムの修正プログラムは生の機械語によるパッチでしたので、汎用機のアセンブラ言語とは長い付き合いとなりました。

ただ、リレーショナルデータベースのほうでは新規開発がまだまだあったため、その開発に使用するにはC言語でした。

汎用機のOS側にはソースのリビジョン管理システムなどといった気の利いたシステムは存在しなかったため、C言語で記述出来る部分の開発とソースコードの管理はUNIXのワークステーション上で行っていました。最低限のコンパイル、テストまではUNIX上で行えたため、大変小回りが効いてやりやすかったのを覚えています。

その時に、基本的なUNIXのコマンド群、viエディタ、EMACS等々の使用方法が身につきました。
余談ですが、この時のクセで、いまだにわたしはCtrlキーはAのキーの横、ESCキーは、全角/半角キーの位置にないと、タイピングでストレスを覚えます。

大学時代までもC言語に触れていましたが、じつはわたしはポインターの概念をしっかり理解することが出来ませんでした。ですが、会社に入ってからアセンブラを触ったあとに、もう一度C言語での開発に入ってみると、ごくごく当たり前の概念としてポインターを使えるようになっていました。

もっとも低レベルで基本的な所から学び直す形になったため、コンピュータそのものに対する理解が深まったように思います。

また、開発作業では上流工程の仕様書を書く作業から担当させてもらうことが出来たため、自分の考えをロジカルに順を追って組み立てたり、他の人に理解出来る形で言葉に書き下ろすような能力を自然と身につけることが出来たように思います。

今では、IT技術者の本分は、この思考する力と、自分の考えを誤解なく他人に伝える能力だろうと思っています。プログラミングのスキルなどは、一度基本を押さえてしまえば、あとは処理系が変わっても何とでもなるものですし。この技術さえ押さえておけばさらなるキャリアアップの転職も問題ないと考えます。