夢実現

技術者志向!やり甲斐を求めてDBシステム屋に転職成功

大手電機メーカーの自社大型汎用コンピュータ向けのデータベース管理システムの開発・保守の仕事へ転職することができました。私には管理職への道と技術者への道がありましたが、技術者を選択した格好です。

自社で開発を行っていた大型汎用コンピュータのOS上で動作するネットワーク型データベース管理システムの保守、同じく自社の大型汎用コンピュータ向けのリレーショナルデータベース管理システムの開発及び保守を行っていました。

一番最初に求められたのは、なんと大型汎用コンピュータのアセンブラ・機械語の知識でした。

最初に担当したネットワーク型のデータベース管理システムは完全に枯れたシステムで新規開発は一切なく、そのシステムを開発した言語(PL/1)を使用する機会はゼロ。ただし、枯れたシステムであるにもかかわらず、当時まだ時折バグが飛び出していましたので、その修正のための修正プログラム(パッチ)をハンドアセンブルで作る必要がありました。

このため会社に入社して最初にマスターと言えるレベルで習得したのはアセンブラ言語でした。

担当が追加になって、メインの業務がリレーショナルデータベースの管理システムに移行したあとも、当時のシステムの修正プログラムは生の機械語によるパッチでしたので、汎用機のアセンブラ言語とは長い付き合いとなりました。

ただ、リレーショナルデータベースのほうでは新規開発がまだまだあったため、その開発に使用するにはC言語でした。

汎用機のOS側にはソースのリビジョン管理システムなどといった気の利いたシステムは存在しなかったため、C言語で記述出来る部分の開発とソースコードの管理はUNIXのワークステーション上で行っていました。最低限のコンパイル、テストまではUNIX上で行えたため、大変小回りが効いてやりやすかったのを覚えています。

その時に、基本的なUNIXのコマンド群、viエディタ、EMACS等々の使用方法が身につきました。
余談ですが、この時のクセで、いまだにわたしはCtrlキーはAのキーの横、ESCキーは、全角/半角キーの位置にないと、タイピングでストレスを覚えます。

大学時代までもC言語に触れていましたが、じつはわたしはポインターの概念をしっかり理解することが出来ませんでした。ですが、会社に入ってからアセンブラを触ったあとに、もう一度C言語での開発に入ってみると、ごくごく当たり前の概念としてポインターを使えるようになっていました。

もっとも低レベルで基本的な所から学び直す形になったため、コンピュータそのものに対する理解が深まったように思います。

また、開発作業では上流工程の仕様書を書く作業から担当させてもらうことが出来たため、自分の考えをロジカルに順を追って組み立てたり、他の人に理解出来る形で言葉に書き下ろすような能力を自然と身につけることが出来たように思います。

今では、IT技術者の本分は、この思考する力と、自分の考えを誤解なく他人に伝える能力だろうと思っています。プログラミングのスキルなどは、一度基本を押さえてしまえば、あとは処理系が変わっても何とでもなるものですし。この技術さえ押さえておけばさらなるキャリアアップの転職も問題ないと考えます。